CFCs(クロロフルオロカーボン類)は,冷却剤や洗浄剤などの工業用の用途で1930年代に人工的に生成された有機化合物です。CFCsは化学的に極めて安定な性質を持ち,使用されたCFCsは最終的には大気に放出されるため,生産量の増加にともなって大気中にCFCsが蓄積されました。
図 1は北米大気のCFCs濃度(CFC-11, 12, 113)の経年変動を示したものです。CFCsの種類によって濃度上昇が開始した時期は前後しますが,概ね1940年代から1990年代までの50年の長期にわたって,年3 %程度の早い速度で濃度が上昇しています。若い地下水(滞留時間50年未満)の年代トレーサーとして広く普及している放射性水素同位体(トリチウム)と比較すると、CFCsは濃度ピークがより現在に近い時期にあり、濃度上昇期間が長いという特徴を有しています。
このような近年の大気のCFCs濃度の単調増加と化学的な安定性に着目し、最初に若い地下水(滞留時間0~50年未程度)の年代指標としての可能性を指摘されたのは1970年代のことでする。その後、1990年代に入って、トリチウムによる年代推定の感度が低下してきた背景から、欧米を中心に若い地下水の年代推定の際にトリチウムに加えてCFCsの測定が行われるようになりました。その結果、若い地下水の年代指標としてのCFCsの有効性が確認されると同時に、採水・分析・解析に至るまでの手法が確立されました。日本国内では、2006年度よりいくつかの機関で地下水のCFCs濃度測定が可能になり、火山山麓湧水や扇状地地下水に適用されてきています。
CFCsによる地下水の涵養年代の推定は、大気と地下水の溶解平衡に基づいています。地中に浸透した降水は、不飽和帯中を降下浸透する際に、土壌中のガスと濃度溶解平衡に達し、その後地下水を涵養します。 したがって、地下水のCFCs濃度は、涵養時の大気のCFCs濃度と溶解度を反映することになる。ここで、地下水に溶解したCFCsの量が地下水の流動・流出の過程で変化しないと仮定すると、CFCs年代は、以下の3つの手順によって得られます。
1. 地下水のCFCs濃度の測定 (Purge and Trap-GC-ECD法)
2. ヘンリーの溶解平衡式によって測定値を地下水涵養時の大気濃度に変換
(式を解くために、地下水の涵養温度、涵養標高、塩分濃度のデータが必要)
3.変換された値を過去の大気のCFCs濃度と対比
図2は八ヶ岳山麓の湧水について、上記の手順を用いて、測定されたCFCs濃度を地下水涵養時の大気濃度に変換し、過去の大気のCFCs濃度曲線と対比したものです。 図から読み取られるように、地下水の涵養年代(ピストン流モデル)はCFC-12:1986年、CFC-11:1983年、CFC-113:1986年と見積もられました。CFCsトレーサーによる年代推定では、CFCs種毎に3つの年代値が求められるが、通常最も地中での濃度保存性の高いCFC-12の結果(1986年)が優先されます。
長所
・滞留時間10年~50年の地下水について詳細な年代推定(時間分解能1年が可能である。
・過去の大気のCFCs濃度は既知である。
・地殻由来の起源は存在しない。
・多試料の分析が可能である(分析コストが安い)。
制限要因
・CFCs年代の推定には涵養温度・涵養標高の設定が必要である。
・CFC-11, 113は地下水流動時に微生物分解・吸着の影響を受ける場合がある。
・工場等からの人為的なCFCs汚染があると、年代推定は不可能である。
・CFCs年代には,不飽和帯中の水の移動時間は含まれない。
・採水時に大気の混入と採水器具からの汚染を避ける必要がある。